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高松地方裁判所 昭和31年(ワ)190号 判決

原告 松本静子 外一名

被告 イロハタクシー株式会社 外一名

主文

被告等は各自、原告松本静子に対し金四万二千五百六十円及びこれに対する昭和三十一年三月三十一日から完済に至るまで、又原告松本耕二に対し金四万七千円及びこれに対する昭和三十一年九月二十三日から完済に至るまで、それぞれ年五分の割合による金員の支払いをせよ。

原告等のその余の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用中原告松本静子と被告等との間に生じたものは同原告と被告等との平分負担とし、又原告松本耕二と被告等との間に生じたものは被告等の負担とする。

この判決は原告等勝訴の部分に限り、原告等がそれぞれ各被告に対し、金一万円宛の担保を供するときは仮に執行することができる。

事  実〈省略〉

理由

被告会社が自動車による旅客運送業を営むものであり、被告湯浅が被告会社に被用されてその自動車運転の業務に従事していたものであるところ、原告等主張の如く被告湯浅が被告会社の自動車に乗客を乗せ、主張の日時、主張の道路を高松に向う途中、主張の場所において歩行中の原告等に追突したことは当事者間に争いがない。

それでまず右事故が被告湯浅の過失によるものかどうかを考えてみると、成立に争いのない甲第一、二、五号証、第九号証の一乃至九及び原告静子の本人尋問の結果を綜合すると、右事故発生場所である通称琴平街道は、その中央六メートル余の部分を舖装しその両側一、七メートルずつを舖装していない。そして附近は平坦で見通しがよいところである。又当日は天候もよくてスリツプのおそれもなかつたので被告湯浅は三〇粁余の時速で自動車を運転し右場所附近にさしかゝつた際、前方二四メートル位のところの道路左側を、原告静子が同じ方向に、しかも被告の運転する右自動車の進行に気ずかない様子で歩行しているのを認めながら、自動車の進行を知らしめる警笛を吹鳴しなかつた、ばかりでなく当日は旧正月に当り旧年末以来睡眠不足のまゝ運転していたので、寸時睡気をもよおして前方注視を怠り、且つ操縦を誤つたため原告等に僅か一メートルの距離に近接してそれに気付いたが時既に遅く、何等の処置をとり得ずそのまゝ原告等の背部に自動車前部を衝突させて原告等を約四メートル離れた田圃に転倒させ、よつて原告静子及び同人が背負つていた原告耕二にそれぞれ原告等主張の各傷害を負わせたものであることが認められる。

元来自動車運転のように、他人の身体生命や財産に危険を及ぼすおそれのあるものは、運転者においてその前方を注視し、前方の事情に対応して減速するは勿論、警笛の吹鳴等、事故の発生を未然に防止する処置をとらなければならない義務があるにもかゝわらず、被告湯浅において右のように原告静子が背後から自動車の進行して来るのに気ずかず歩行しているのを認めながら、警笛を吹鳴せず又右認定の如く睡眠不足のまゝ運転していたゝめに前方注視を怠り、且操縦を誤る等重大な過失があるものといわなければならない。だからそのため原告等の被るに至つた損害を賠償すべき義務がある。

又右事故は以上説明により明らかな通り、被告会社の被用者である被告湯浅が事業執行のため原告等に被らせるに至つたものであるから、その損害につき被告会社も民法第七一五条により賠償の義務がある。

それで損害額について考えてみると成立に争いのない甲第五乃至八号証及び第一〇、一一、一二号証と証人前田美行、久保熊太郎の各証言、原告静子本人尋問の結果を綜合すると、右傷害のため原告静子は昭和三一年二月一二日から同年四月二一日まで前田病院に入院治療等をし、それに計金二七、四二五円を支払い、又右入院中の二月一三日から同月二三日まで附添看護等のために家政婦を雇入れ、それに計金三、四〇〇円を支払つた。又原告耕二は同年二月一二日から同年四月二二日まで前田病院及び右傷害により軽症となつていた中耳炎が悪化したので日赤高松病院に入院治療等をし、それに計金五、六九〇円を支払つたことが認められるとともに、以上認定のような事故の態様及び傷害等並びに原告静子は現在も前頭部の神経系統の知覚が鈍るし、膝関節炎の症状が残つており完全な労働ができないこと、又原告耕二は中耳炎を再発したり、一時は生命も危ぶまれるほど重態であつたし、左足も少し不自由になつたこと等が認められることをも綜合すると、肉体的、精神的苦痛に対する慰藉料の額は、原告静子につき金一〇万円、原告耕二につき金五万円とするを以て相当とする。

次に被告等は本件事故については原告等にも過失があつたと主張するけれども右認定の事情をくつがえして、原告等の過失を認めるに足る立証がないので採用できない。

更に被告等主張の自動車損害賠償保障法により、原告静子が八八、二六五円、原告耕二が八、六九〇円の保険金の給付を受けられることは原告等も認めるところであり、同法により保障される損害には精神上の損害を含むものと解すべきであるから、その限度において原告等の前示損害はそれぞれ補填されるべきものと考えるのを相当とするので、原告静子は前示損害合計金一三〇、八二五円より保険給付額八八、二六五円を控除した金四二、五六〇円、又原告耕二は前示損害合計金五五、六九〇円より保険給付額八、六九〇円を控除した金四七、〇〇〇円をそれぞれ請求し得べきことゝなる筋合である。

以上のとおりであるから被告等は各自、原告静子に対し金四二、五六〇円及びこれに対する訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和三一年三月三一日から、同耕二に対し金四七、〇〇〇円及びこれに対する同じく訴状送達の翌日であること明らかな昭和三一年九月二三日から、それぞれ完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるので、原告等の本訴請求は右の限度において正当であるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却する。

そして訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同第一九六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 太田元)

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